どうも、カメムシ7匹の夜を乗り越えて翌朝もまだ実家にいた私です。
前回の記事でカメムシのことを書いたばかりなのに、また実家帰省の話を書きます。それくらい書かずにいられない出来事があったので。
今日は、お義母さんが見せてくれた「40年近く前の連絡メモ」の話。場面緘黙は親から子に引き継がれることがあるのか、という話。そして、子どもを陰で支えてくれるお友達のありがたさの話。
感動と自己開示と、少しの「え、おれも?」という気づきが詰まった回です。
朝ごはんの後、お義母さんが見せてくれたもの
カメムシ大騒ぎの一夜を経て、翌朝。
布団を畳んで、朝ごはんを食べて、一息ついていたら——お義母さんが1枚の紙を持ってきた。
夫(今回はママ目線なので「夫」)が子どもの頃、保育園の先生から渡されたという古い連絡メモ。
そこに書かれていた内容(要約):
『今日は〇〇ちゃん(夫)がお友だちと一緒に遊んで、言葉も発していましたよ。「初めて喋ったね」と思いましたが言葉にはせず、見守りました。』
……読んだ瞬間、鳥肌が立った。
さくら(仮名・小学生)の話かと思った。
字が違う。年号が違う。でも内容が、さくりの話とほぼ同じ。
「夫も場面緘黙だった」は聞いていたけれど
さくらの場面緘黙について、夫のご両親にも話をしていた。そのとき「夫も子どものころはそんな感じだった」とは聞いていた。
でも「そんな感じ」という言葉の重みが、この連絡メモを見てはじめて実感できた。
まんま、さくらと同じだったんだ。
初めてお友達と遊んで、初めて声を出したことを先生が「言葉にせず見守った」——その判断が正しかったことも、当時の先生の温かさも、全部がさくらへの支援と重なって見えた。
と同時に、すごく安心した。
夫は今、普通に話せている。仕事もして、友達もいる。
小さいころはどれだけ難しくても、成長の過程のどこかで変わっていける可能性がある——ということを、この連絡メモ1枚が改めて教えてくれた気がした。
「みきさん」という存在のありがたさ
さらに後から聞いた話がある。
子どものころの夫、みんなの前で話せない状況を、何度も助けてくれたお友達がいたらしい。名前は「みきさん」。家が隣同士の同級生。
例えば学校で「フルーツバスケット」をしていて、鬼になった夫が「声が出せない」状態になったとき。
みきさんがさっと近づいてきて、夫が小声で耳打ちする。みきさんが代わりに大きな声で言う。
それだけ。でも、それが夫にとってどれだけ救いだったか。
「みきさんとはよく遊んでいた」とは聞いていたけど、こんなにお世話になっていたとは——夫も今回初めて詳しく知ったみたいで、しみじみしていた。
ありがとう、みきさん。
「みきさん」みたいな存在が、子どもの世界を守る
さくらにも、はな(仮名)にも、「みきさん」みたいなお友達がいてくれるといいなと思う。
でも同時に——さくらやはなが、誰かにとっての「みきさん」になれる子に育っていってくれたらいいなとも思う。
助けてもらうばかりじゃなくて、誰かをそっと助けられる人に。
言葉じゃなくても、そばにいるだけでも、ちょっと近づくだけでもいい。そういう「みきさん的な動き」ができる子どもに育っていってくれたら、それだけで十分すぎる。
場面緘黙は「遺伝」するの? 親として気になること
今回の話を通じて、「場面緘黙は親から子に引き継がれることがあるのか」という疑問が改めて浮かんだ。
専門家でも研究者でもないので断定的なことは言えないけど、調べてみるとこんなことがわかっている。
場面緘黙と遺伝的要因について
場面緘黙は「不安障害」の一種とされていて、不安傾向・引っ込み思案な気質には遺伝的な要素があると言われている。
親が場面緘黙だった場合や、不安が強い傾向があった場合、子どもに同じような傾向が出ることはある。ただし「必ず遺伝する」というわけではなく、環境・育ち方・サポートの有無によっても変わってくる。
うちの場合は夫に場面緘黙の傾向があって、さくらに場面緘黙が出た。はなにも似た傾向がある。一方で「夫は今は普通に話せている」という事実もある。
気質は引き継がれても、サポートと時間と環境によって変化できる——そう信じることにしている。
親ができること
① 「話せないのは悪いことじゃない」を家庭内で確立する 家の中だけでも「話せなくて当然」「ここは安全」という空気を作ることが、子どもの基盤になる。
② 「いつか話せるようになった親の姿」を見せる 夫が「おれも昔は話せなかった」と子どもに話すこと自体が、子どもへのメッセージになる。「大人になったら変わっていける」という安心感。
③ 専門家・学校・支援機関と連携する 一人で抱え込まない。通級指導・スクールカウンセラー・発達相談窓口など、使えるサポートを使い倒す。
④ 「治す」より「生きやすくする」にフォーカスする 場面緘黙を「治す」ことより、「この子がどう生きやすくなるか」を考える。それがお互いの気持ちを楽にしてくれる。
「実は自分も?」という気づき
今回の話をしながら、夫がぽつりと言った。
「おれ自身も、全然社交的じゃなかったし、恥ずかしい気持ちが大きくて、人と話すのがすごく緊張してたと思う。もしかしたら自分も緘黙症だったのかもしれない」と。
発表会や学習発表会など「決められた役割」をこなすことへの抵抗はそれほどなかったけど、「自分自身の考えや言葉を人に伝えること」はずっと苦手だったと。
大勢でも少人数でも、「自分の意見を言う」場面が一番緊張する——それは今も変わらない、とも言っていた。
(ブログを書いているくせに何を言ってるんだ、というツッコミはなしで)
人前での「役割をこなす」と「自分を表現する」は、実は全然別のことで、それぞれに難しさがある。さくらも、発表会では台詞を言えたり歌ったり踊ったりできていた。でも「自分の言葉で話す」はまだ難しい。
その違いに改めて気づいた会話だった。
VHSに映っていた「小学6年生の夫」
実家を後にして、夫の実家にも少し寄った。
そこで古いVHSが見つかったというので、みんなで一緒に見た。
映っていたのは、小学6年生の夫。学習発表会のミュージカルで、前の方で歌って踊っていた。
それを見て——さくらのことを思い出した。
年長の発表会、さくりは台詞を一人で言えた。歌った。踊った。それができていた。
あの姿を見て泣きそうになったことを、また思い出した。
小さいころは声が出なかった夫が、6年生で歌って踊っている。さくらも、幼稚園を卒園するときには発表会で台詞を言えるようになっていた。
ゆっくりでも、確実に変わっていく。
先生方、お友達、支援してくれたすべての人たちへ。本当にありがとうございます。
場面緘黙の子どもを持つ親へ——知っておくと少し楽になること
今回の帰省で感じたことを踏まえて、同じような状況の親御さんに向けて書きたいことをまとめます。
① 親が同じ傾向を持っていたとしても、それは「責任」じゃない 遺伝的要素があるとしても、誰かのせいじゃない。「自分のせいで子どもがこうなった」と思わなくていい。
② 過去の親の経験が、子どもの支援に活きることがある 今回の連絡メモのように、「自分も昔こうだった」という体験が、子どもへの理解を深めてくれることがある。親の「わかる」は、子どもにとっての大きな安心になる。
③ 「みきさん」みたいなお友達は、探さなくても現れることがある 子どもの周りに、そっと助けてくれる子が自然に現れることがある。そういう関係を信じて、見守る。
④ 子どもは変わっていく 今の状態が永遠に続くわけじゃない。時間と環境とサポートの積み重ねで、少しずつ変わっていく。夫がその証拠だと思っている。
帰省でもらった「気持ちが楽になる」もの
今回の帰省、カメムシ7匹という洗礼を受けたけれど、それ以上に持ち帰れたものがあった。
「大丈夫、きっと変わっていける」という確信。
40年近く前に書かれた連絡メモ1枚が、それを教えてくれた。
お義母さん、大切にとっておいてくれてありがとう。
帰省のあれこれ、100均グッズで少しだけ楽にする
最後に少し実用的な話を。帰省って色々と準備が大変。その負担を少しでも軽くする100均グッズをまとめます。
① 圧縮袋(ダイソー) 帰省の着替えを圧縮袋に入れると、荷物の量がぐっと減る。特に子どもの着替えは枚数が多くなりがちなので効果大。
② 折り畳みエコバッグ(ダイソー・セリア) 帰省中に増える荷物・現地で買ったもの・お土産などに使えるサブバッグ。折り畳めるので帰省前は荷物にならない。
③ ジップロック(大・中・小)(ダイソー) 洗面グッズをまとめる・子どものお菓子を小分けにする・濡れたものを入れる、と万能に使える。数枚持参するだけで帰省がぐっと楽になる。
④ 除菌シート(ダイソー) 知らない家・外出先でのテーブル拭き・手の汚れに。子どもがいる帰省では出番が多い。
⑤ 子ども用エプロン(ダイソー・セリア) 帰省先で食事させるとき、慣れない環境でこぼすことが増えがち。1枚持参しておくと安心。
⑥ ポーチ(ダイソー) 薬・絆創膏・体温計など、帰省中に必要な「小物」をまとめるポーチ。1個あると「あれどこ?」問題が減る。
まとめ——40年前の連絡メモが教えてくれたこと
「初めて喋ったね」と思ったけど言葉にせず見守った、昔の先生。
声が出せない夫の耳元に寄ってきて、代わりに声を出してくれた「みきさん」。
その積み重ねの先に、今の夫がいる。
さくらにも、はなにも、同じように「見守ってくれる人」「そっと助けてくれる人」が現れてくれている。これからも現れてくれると信じている。
帰省って、現在だけじゃなくて過去とも繋がれる場所なんだな——そんなことを思った帰省でした。
カメムシは、もういい。
また更新します。読んでくれてありがとう。
